アラスカンマラミュートの莱夢のものがたり「第19話 莱夢、川に流される!!」です。

アラスカンマラミュート Prime Snow 〜莱夢といた日々〜

 第19話 莱夢、川に流される!! 

 2000年の10月、莱夢にはきっと「水難の相」が出ていたんだろう。この月は毎週シャンプーしなくてはならないくらい、よく水に落ちたり汚れたりした莱夢だった。その最大の事件がこの川に流された事件だと思う。

 それは、よく晴れた10月のある日曜日に起きた。実家の近所の河原には、広い芝生のグラウンドがある。夕方になると散歩途中の犬と飼い主が集まり、犬を放して遊ばせたり、お互いに語り合ったりする交流の場所になっていた。日がだいぶ傾いたので、私と母は連れ立って莱夢の散歩に出た。もちろん、グラウンドで莱夢を遊ばせる魂胆だった。土手からグラウンドを見ると、あいにくスポーツイベントが催されているらしく、とても莱夢を自由に遊ばせることはできない状況なのが判った。私たちは仕方なく、グランドからもう一段川面に近づいた、まさに「川岸」に向かうことになった。枯れたススキや葦を掻き分けて進む獣道の向こうに、わずかばかりの砂利の広場と、コンクリートと岩で直線的に区切られた川面が見えた。ここで莱夢をフリーにしても、危険はないだろうか?夢中になると呼び戻しが利かない莱夢なだけに心配になった。でも、せっかく誰もいないのだから、ほんのちょっぴり自由に遊ばせてあげよう・・・・。

 念のため、莱夢の首にハーフチェーンのカラーを着け、「待て」のコマンドを出してからゆっくりとリードを放した。「よし」の合図で、莱夢は勢い良く走りはじめた。150メートルほど向こうに、2つの人影が見えた。莱夢は人影目指して全速力で走っていく。これはヤバイ!!莱夢のような怖い顔のデカイ犬が近づいてきたら、誰だって恐ろしいだろう。走って逃げれば莱夢は益々追いかける。これはヤバイ、ヤバイぞ!私は「莱夢!おいで!!」と何度も叫んだ。莱夢は私のコマンドを無視し、そのまま人影の前まで行ってしまった。2つの小さな人影は、部活帰りの中学生だった。彼らは棒のように立ち尽くし、緊張して動けないでいる。莱夢はお座りして尻尾を振りながら、「ねえ、遊んで」と「お手」を出していた。私はリードを握って急いで莱夢の元に走った。莱夢は「遊んでくれないんだ」と思ったのか、私のほうを振り返り、ちょっと迷いながらもこちらに走ってきた。

 あ〜、良かった。両手を広げ、「莱夢、おいで!」と笑顔で迎える私。その横を、莱夢が全速力ですり抜けた!んな、バカな〜!?莱夢はそのままのスピードで、待ち構えていた母の横をもすり抜けた。そして、ガサガサと草を掻き分け、川面の方に行ってしまった。私は莱夢の白い尻尾を頼りに後を追った。「まさか、川に入るんじゃないでしょうね!?」そう思った瞬間、「バシャ!バシャ!!」と、水を叩く音が聞こえてきた。ウソでしょ〜!!草を掻き分けて進むと、コンクリートと岩の岸に立った莱夢が、夢中で水面を叩いている姿が見えた。「莱夢、ダメ!!戻って!!」莱夢は水面を叩きながら、その水しぶきを追ってジリジリと前進していった。「危ない!!」と思ったその瞬間、莱夢は前足からのめるように水に落ちてしまった。

アラスカンマラミュート 画像 「莱夢!戻って!泳いで、こっち!!」叫ぶ私を尻目に、莱夢はガボガボと音をたてながら流されていく。川面に目を転じた私は愕然とした。莱夢が落ちた岸から3メートルほどのところに、白波がたつ早い流れが見えたのだ。莱夢はその流れに吸い寄せられるように流されていった。不器用に手足をバタつかせながら、みるみる川の中央へと引き寄せられていく。どうしよう。このままあの流れに乗ってしまったら、莱夢は本当に流されてしまう。もう二度と莱夢に会えないかもしれない。名古屋のはなちゃんも流されたけど、まさか莱夢も流されるなんて!マラミュートって川に流されやすい犬なの?ええい、そんなこと考えてる場合じゃない。水は冷たいけど泳ごう!もう、それしかない!明日の朝刊に「美人OL愛犬を助けようとして溺死。愛犬は無事保護」なんて記事が載っても構わない!莱夢、待ってて。今、お母さんが行くからね。いろんな思いが頭の中をメチャクチャに駆け巡った。そうこうしているうちに、莱夢は流れに乗ってしまい、岸から遠ざかってしまった。急がなきゃ!

 ところが、いったん岸から遠ざかった莱夢が、再び岸に近づいて来た。どうやら莱夢が乗っている流れは、大きく「>」の字を描いているらしい。流れに乗って岸にたどり着いた莱夢は自力で岸の岩につかまり、這い上がろうとしていた。そこは私が立ち尽くす岸辺から、わずか4、5メートルほど離れただけの場所。でも岩が垂直に組まれているため、莱夢は上手く這い上がれない。私でも、斜面が急すぎて岸伝いには行けない場所・・・。私が思わず「莱夢、おいで!」と言った次の瞬間、莱夢はまたしても水に入ってしまった。ああ、なんてこと!!今度こそ莱夢は流されてしまう!私は足首まで水に浸かりながら「やはり泳ぐしかない!」と意を決した。が、再び莱夢に目を転じて私は驚いた。莱夢は器用に前足を動かし、岸に沿って泳いでいたのだ。ゆっくりと、でも確実に私の足元に向かって泳いで来る莱夢。私は両手を振り回し、「莱夢、おいで!頑張って!!ここだよ、ほらもうちょっと!」と、夢中で叫んだ。莱夢が私の足元まで泳ぎ着いたとき、私は莱夢のチェーンカラーを掴み、莱夢を身体ごと力いっぱい引き上げた。

 びしょ濡れの莱夢をぎゅっと抱きしめ、私は急に怖くなって震えてしまった。この暖かさに、この瞳に、この息遣いに、二度と会えなかったかもしれないんだ・・・。胸が潰れそうに苦しく切なく、気が付けば涙が溢れていた。莱夢は私の気持ちを知ってか知らずか、ブルブルと身体を震わせて水を切った。顔は「あ〜、楽しかった」と笑ってる。よくよく見れば、莱夢の濡れている箇所は四肢とお腹だけ。背中や顔はいっさい濡れていなかった。って、ちゃんと泳いでいたってこと!?一部始終を見ていた母がいたって冷静につぶやいた。「あんた、泳ぐなら靴も服も脱がなきゃだめよ」

 実家に帰る頃にはすっかり乾いた莱夢だが、いかんせん川臭い。そのまま風呂場に直行し、川の水に濡れた箇所をシャワーで洗い流した。莱夢をタオルドライしながらつくづく思った。「呼び戻し」こそ、莱夢と私にとって最大の難関。あの時「おいで」のコマンドで戻ってきていれば、水に入ることも川に流されることもなかったはず。今回は運良く誰も傷つかず、莱夢も無事だったにすぎない。性根を据えて、真剣に呼び戻しの訓練をしなくては!!そんな気合をよそに、莱夢は水遊びの楽しさを覚えてしまい、水を見ると入りたがる子になってしまった。