アラスカンマラミュートの莱夢のものがたり「第9話 お散歩デビュー」です。

アラスカンマラミュート Prime Snow 〜莱夢といた日々〜

 第9話 お散歩デビュー 

 莱夢との散歩は、とても楽しい。特に、夜の散歩はたまらない。夜の住宅街を、魔物のように徘徊する私と莱夢。家々の窓からもれる、団らんのさんざめき。ピアノの音。テレビの音。ふと薫る季節のかおり、気配。見上げる空には、瞬く星と朧な月。夜の闇はときに妖しく、ときに優しく、私と莱夢を包む。家々の灯りひとつひとつに、それぞれの暮らしがあって、喜びや悲しみがある。人生がある。日常から自分を切り離し、ふと自分に返る瞬間。孤独を感じる。莱夢の存在を感じる。そして、生きている喜びや、帰る場所がある喜びを確認する。

 散歩にはいろんな役割があると思う。莱夢の運動と排泄、ストレス発散の場でもある。また、私自身のストレス発散や、莱夢とのコミュニケーションの場でもある。そして、莱夢の社会性や感受性を高める場だし、訓練の場でもあるだろう。今回は、莱夢とはじめて散歩に出たときのお話と、お散歩での習慣のお話である。

 1999年12月末、莱夢の予防接種が終わり、安心して屋外に連れ出せる時期が来た。本当はすぐにでも散歩に行きたかったが、莱夢の成長に合わせて、段階的に外に出すように心がけた。それは、子供に泳ぎを教えることに似ていた。いきなり海に連れ出したら、水が嫌いな子供になりかねない。まずは洗面器に顔を浸ける練習からはじまり、家庭用のビニールプール、近所の子供用プール、浮き輪を使った練習と、レベルアップしていくだろう。同じ要領で、莱夢にも屋外やあらゆる刺激に慣れてもらうよう仕向けていった。

 まずはリード(引き綱)に慣れるように、リードを付けた状態で部屋の中を一緒に歩いた。その際、莱夢が常に私の左側に来るように、そして莱夢がリードを引っ張らないように気をつけた。私が用意したリードは、カラー(首輪)とリードが一体になったチョークタイプのものだった。素材はまるめ革なので、とても軽くてやわらかい。莱夢はリードが付けていてもあまり意識しないのか、普段と変わらない様子でいた。それでも、私より前に出るたびに「NO!」と叱られるので、「なんだかおもしろくない!」と思っているようだった。莱夢は徐々に「この綱が付いてるときは、どうも自由に歩けないらしい」と悟ったようだ。リードを見せると、嫌がって部屋中を逃げ回るようになった。

 莱夢が生後3ヶ月半を迎えた1999年の1月半ば、いよいよ莱夢を外に連れ出すことにした。莱夢が屋外に出る際、私はルールを決めてそれを実行した。それは、「あらゆる第一歩は莱夢ではなくママが踏み出す」ということだった。つまり、路上に出るまでの4箇所で、莱夢は「座れ」「待て」「よし」をするということだ。

 (1)リビングから廊下に出るとき
 (2)廊下から玄関の靴脱ぎに降りるとき
 (3)玄関から外に出るとき
 (4)門扉から路上に出るとき

 リビングのドアから出るとき、莱夢に「座れ」とコマンドを出した。すかさず「待て!」をかけてからドアを開けると、莱夢は立ってドアから出ようとした。私は「NO!」と叱り、莱夢を元の場所まで戻し、「座れ」からやり直した。「待て」で待たせてから、まずは私がドアから出る。そして「よし」と莱夢に許可してから莱夢をドアから廊下に出した。廊下から玄関の靴脱ぎに降りるときも、玄関から外に出るときも、門扉から路上に出るときも、決して妥協ぜずにできるまで何回でもやり直した。厳しいかもしれないが、これは基本的な服従訓練、そして習慣だ。主導権はリーダーである人間が握っていることを、自然と莱夢に悟らせるためにはとても有効な訓練になる。

 ようやっと莱夢が路上に出た日、それは空気の澄んだ寒い夜だった。凍った月が地上に蒼い光を落とし、街は水底のように静かだった。時刻は、日付変更線を超えようとしていた。まずは、人気のない住宅街をゆっくりと歩いた。莱夢は尻尾を巻かずに垂らしたまま歩いた。ちょっと緊張しているのだろう。それでも慣れてくると、莱夢は私をグイグイ引っ張りながら歩いた。そのたびに「NO!」と叱り、立ち止まって莱夢を座らせ、別の方向に歩きなおした。莱夢はときどき天を仰ぎ、鼻先を高くして風の匂いを嗅いだ。また、道路をカサカサと転がる落ち葉を追いかけようとした。見るものすべて、聞こえるものすべて、感じるものすべてが、きっと不思議なんだろう・・・・。その日は10分ほど近所を歩き、家から出たときと同じ要領で「座れ」「待て」「よし」を繰り返しながら、ようやっとリビングまで戻った。莱夢のお散歩デビューは、こんなふうに無事に終わった。

 莱夢がお散歩デビューを果たした翌日から、少しずつ散歩の範囲を広げて行った。人気のない住宅街から車と人が通る広い道へ。人が行き交う駅前の雑踏へ・・・。すれ違う人がいれば、できる限り莱夢を撫でてもらった。その際、莱夢を座らせる習慣を付けた。莱夢はすれ違う人みんなに撫でて欲しくって、座って尻尾を振りながら待つ子になった。ある日の散歩途中、莱夢が急に座りこみ人待ち顔で尻尾を振りはじめた。あたりに人影はない。誰に向かって尻尾を振ってるの??思わずゾッとした私・・・。莱夢の視線の先を追うと、そこにあったのはなんと選挙用のポスターだった。莱夢は人間が大好きな子になっていた。

 また、横断歩道や道路を渡る際、莱夢には「座れ」「待て」をする習慣を付けた。急な飛び出しを防ぐ意味と、車の運転手に莱夢の存在をアピールする意味がある。また、「あらゆる第一歩は莱夢ではなくママが踏み出す」というルールを守るためでもある。毎回例外なく繰り返すことで、莱夢はすっかり「そういうものなんだ」と理解したようだ。

 莱夢が散歩に慣れたころ、莱夢を連れて犬と人が集まる広場に行った。広場に入ると、先に来ていた犬達は莱夢を警戒しつつも傍に寄ってきた。莱夢は背中の毛をちょっと逆立てて緊張し、それでも尻尾を振って挨拶した。莱夢は大きくなる子。万が一でもほかの犬に怪我をさせたり、トラブルになってはいけない。だから、莱夢はほかの犬よりも低い姿勢でいることを習慣付けたかった。莱夢に「伏せ」のコマンドを出すと、お尻を高々と上げて伏せ、「遊ぼう!!」のポーズをとった。それがきっかけのように、ほかの犬達は莱夢と遊びはじめた。

 散歩中、犬に出会ったときも、莱夢は「座れ」「待て」をする。場合によっては「伏せ」もさせる。すっかり習慣付いた莱夢は、今では向こうから犬が来ると自分から座って待つ子になった。相手の子が興奮していればそのまま先に通すし、相手の子が「遊ぼう!」と誘ってくれれば遊ばせる場合もある。莱夢は今のところ喧嘩や威嚇をしないので、近所のほとんどの子が友達になっている。

 莱夢との楽しい、そしてちょっぴり怪しいお散歩は、今日も明日も続いていく。