アラスカンマラミュートの莱夢のものがたり「番外編3 莱夢の繁殖」です。

アラスカンマラミュート Prime Snow 〜莱夢といた日々〜

 番外編3 莱夢の繁殖 

 「この子に赤ちゃんを産ませたい!」それは、女の子と暮らす人ならば、一度は想い描くことだと思う。実際、私も当たり前の様に「いずれ莱夢に赤ちゃんを産ませるんだ」と考えていたし、ブリーダーさんからも薦められていたし、何の疑問もなく「いつ交配しようか。相手はどの子にしようか。」と、うきうき考えていた。しかし、莱夢は一度も繁殖したことがないし、今後もいっさい繁殖の予定はない。それはなぜか?あれほど望んでいたのに、なぜ繁殖しなかったのか?「繁殖しない」という結論に達するまで、理想と現実の狭間で悩み、葛藤し続けた私がいた。

 きっかけはドッグショーだった。ドッグショーに出陳すれば、嫌でも比較されて優劣が付けられる。比較の基準となるスタンダードは、その犬種の理想の形、その犬種のあるべき姿を規定したもので、その犬種の健全性を表し、「使用目的にあった体型の理想像」が規定されている。莱夢のショーチャレンジは、まずまず順調な滑り出しだったが、勝ち負けを繰り返していくうちに、莱夢の「マラミュートとしての欠点」を意識するようになった。スタンダードに莱夢はどのくらい当てはまるのだろうか?逆に、どこが当てはまらないのだろうか?莱夢は私にとって掛け替えのない存在で、家庭犬としてはパーフェクトだと思っている。しかし、純血犬種「アラスカンマラミュート」という視点で見れば、やはり欠点は多々あるのだった。

 莱夢に赤ちゃんを産ませるということは、莱夢の遺伝子を後世に残すということになる。生まれてくる子犬達は、「誰からも愛される健全な子犬」であってほしい。それは生まれてくる子犬達が「アラスカンマラミュート」でも、「MIX」でも同じこと。私は莱夢に、「アラスカンマラミュート」の子犬を産んでほしいと思っていた。「アラスカンマラミュート」として生まれてくるのであれば、やはりスタンダードに準じた、誰から見ても疑いのない、素晴らしい、健康なマラミュートであってほしいし、そうあるべきだと思う。そういう子犬を望むのであれば、莱夢自身に「繁殖してはいけない要素」があるかどうか、徹底的に調べて把握する必要があった。それは、見た目のだけの欠点探しではなく、遺伝的なものも含んだ欠点探しだった。莱夢の遺伝性疾患や骨格について調べることは、生まれ来る子犬の将来を思えば当たり前のことだと思う。また、繁殖する者として当然の義務だと思う。誰も「不健全な子犬」は望んでいない。莱夢が生命をかけて産む子犬だもの、素晴らしい子犬であってほしい・・・。相手がいなくては交配も繁殖もできない。すると、同じ条件を莱夢のお婿さんにも課すことになる。子犬が産まれた後のこともある。ちゃんと、大切にしてくれる家族を見つけてあげられるかどうか・・・。もしも子犬に問題があったらどうするのか・・・。問題山積だった。こうなったら、ひとつひとつクリアしていくしかない。
  1. スタンダードを深く理解し、理想とするマラミュート像を具体的に把握する
    ⇒シロウトの私にスタンダードを完全に理解することはできるのか?

  2. 莱夢を遺伝的、骨格的に調べ、短所と長所を把握する
    ⇒見つかった欠点は繁殖に問題ない程度なのかどうか?
    ⇒莱夢の欠点をカバーし、長所を活かせるお婿さんはどんなタイプの子か?
    ⇒お婿さんは見つかるか?

  3. お婿さんを遺伝的、骨格的に調べ、短所と長所を把握する
    ⇒見つかった欠点は繁殖に問題ない程度なのかどうか?

  4. 生まれた子犬たちの里親探し
    ⇒最後まで大切にしてくれる飼い主さんを見つけられるかどうか?
    ⇒万が一、疾患や問題を持って生まれてきたら、すべての子犬にどうやって責任を持つか?

 まずはスタンダードの追求。文字で書けばこれだけのことだが、とても深くあいまいで、シロウトが「はい、わかりました」と簡単に理解できるものではない。たくさんのマラミュートを見て触っても、どんなに原文を訳して読んでも、完全に理解することは難しいだろう。そして、莱夢自身の股関節の問題。大型犬に多い「股関節形成不全」の要素を莱夢が持っているかどうか、それはレントゲンを撮ってOFAに審査してもらうことで解決できたと思う。しかし、レントゲンを撮るためにかける麻酔に、私は抵抗を感じた。リスクの大きな麻酔をかけて莱夢の股関節を調べるよりも、外堀から埋めるように、もっと遠いところからクリアしていったらどうか?つまり、莱夢の父母、祖父母、曾祖父母・・・。彼らに直に逢って、触れて、どんな性格なのか、スタンダードから逸脱した箇所はないか、調べることにした。しかし、それはあっという間に頓挫した。莱夢の母方の祖父はアメリカチャンピオン。莱夢の母方の曾祖父母は、(生きていれば)アメリカにいるのだ。・・・無理だ。どうやって探せばいいのだろう?英語はまったく話せない・・・。

 ここまで考えて、「おかしくないか?」と、立ち止まった。莱夢の中にある遺伝子は、2代、3代の話ではない。いくらさかのぼって調べたって、健康な子犬が産まれる可能性が100%保障されるものではない。調べることで安心したいだけなら、調べることなんて無意味だ。問題は、生まれてくる子犬たち。スタンダードからかけ離れた子犬が生まれたらどうする?病気や障害を持って生まれてきたらどうする?すべての子犬に責任を持てるのか?最後までしあわせにしてあげられるのか?もしも里親さんが見つからなかったらどうするのか?里親さんのところでトラブルが見つかったらどうするのか?すべての子犬を回収して、愛し、育て、繁殖はいっさいさせず、最期まで看取る覚悟があるのか?それは無理だよね?私には絶対にできないことだよね?

 ふと心の声が聞こえた。「ブリーダーさんにお願いして、適当なお婿さんと交配すればいいじゃない。生まれた子犬はブリーダーさんが売ってくれるし、責任もとってくれるよ・・・」いろいろ考える自分がいた。そうだよ。子犬たちは私の手を離れて、ブリーダーさんが探してくれたよい飼い主のもと、きっとしあわせに育つだろう。でも、ブリーダーさんに繁殖と子犬の販売をお願いする場合、莱夢を数ヶ月間ブリーダーさんに預けることが条件となる。私には、莱夢と離れて暮らすことなんてできない。やっぱり、全部自分でやるしかない。なぜ私は莱夢に子犬を産ませたいのだろう?莱夢に出産と子育てを経験させてあげたい・・・。それだけだろうか?莱夢がいつか天国に逝ってしまったら、もうどこにも莱夢はいない。そんなの嫌だ。淋しすぎる。せめて子供がいたら、きっと慰めになってくれる・・・。でも、それって違うよね?おかしいよね?私は「健全なマラミュートを繁殖したい」んじゃない。ただ「莱夢の代わりになる子犬を繁殖したい」だけ。そんなの、莱夢にも生まれてくる子犬にも失礼だよ。莱夢の前に莱夢は存在しないし、莱夢の後にも莱夢は存在しない。莱夢の代わりはどこにもいない。どの生命もみんな、唯一無二の存在なんだから。莱夢を迎えるとき、私は莱夢に何を望んだの?それは「掛け替えのない家族としての莱夢」だったはず。忘れてはいけない。莱夢はもう充分「掛け替えのない家族」だよね?安易な繁殖で莱夢の生命を危険にさらすことはない。シロウト判断の繁殖は、マラミュートの将来を脅かすことになるかもしれない。私は莱夢との毎日を、このいとおしい毎日を、大切に、丁寧に、穏やかに過ごしていけばいいんだ。

 こうして私の中に、はっきりと「莱夢の繁殖はしない」と結論が出た。決めたこととは言え、やっぱりどこか切なくて淋しい結論だった。今でも莱夢を知る人から「莱夢ちゃんの子供ならばぜひほしい」とか、「産ませないの?」とか言われることがある。正直、決心が揺らぐこともないわけじゃない。でも、私は「莱夢の繁殖はしない」と決めた。この結論は、「私は莱夢の子犬たちに責任を持てます!」と、100%断言できるまで変わらない。変えてはいけないものだと思っている。そして、そう断言できる日は絶対に来ないと、私は知っている。